最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)234号 判決 1999年1月29日
東京都新宿区高田馬場二丁目一四番一一号
上告人
日拓デベロップメント株式会社
右代表者代表取締役
西村光子
同世田谷区深沢六丁目二二番一九号
上告人
西村昭孝
右両名訴訟代理人弁護士
荒竹純一
木下直樹
松村昌人
東京都新宿区北新宿一丁目一九番三号
被上告人
新宿税務署長 飯島一司
同世田谷区玉川二丁目一番七号
被上告人
玉川税務署長 赤池三男
右両名指定代理人
山岡徳光
右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第一六〇号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成一〇年四月二八日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人荒竹純一、同木下直樹、同松村昌人の上告理由について
所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)
(平成一〇年(行ツ)第二三四号 上告人 日拓デベロップメント株式会社 外一名)
上告代理人荒竹純一、同木下直樹、同松村昌人の上告理由
第一 上告理由のまとめ
最初に、上告人の上告理由を列挙すると以下のとおりである。
1 原判決は、上告人昭孝の訴えの利益のを否定する。しかし、右判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存する。
2 原判決は、更正の理由附記の程度に関する判断に関し、理由不備、理由齟齬が存するとともに、更正の理由附記に関し、附記の程度について不備なしと判断するが、右判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存する。
3 原判決は、理由差替えによる法人税法一三二条の適用を肯認する。しかし、右判断について、理由差替えを認めた点、課税要件事実の異なる事案での理由差替えを認めた点、及び理由差替えによる法人税法一三二条の適用を肯定した各点に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存する。
4 原判決は、本件で、過大な役員報酬の損金不算入に関する法人税法一三二条の適用を肯定する。しかし、右の点、法人税法一三二条の個別規定の適用を怠った点、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存する。
5 原判決は、過大な役員報酬の損金不算入に関し法人税法一三二条の適用をする。しかし、右規定の適用について、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存する。
6 原判決は、過大な役員報酬の損金不算入に関し、各人の妥当な報酬額の認定を何らしておらず、審理不尽、理由不備の違法が存する。
以下、右各上告理由について、詳論する。
第二 本件各減額更正の取消を求める上告人昭孝の訴えの利益について(原判決五五頁以下)
一1 原判決は、本件各減額更正の取消しを求める上告人昭孝の訴えの利益について、大要、「原判決の説示する「争点に対する判断」の「一」のとおりであるから、これを引用する。」とし、一審判決を引用する(原判決五六乃至五七頁)。
そして、原判決が引用する一審判決は、本件の上告人昭孝に対する昭和六二年及び平成元年の所得税更正処分のように、「更正によって給与所得金額及び算出税額が増加したものの、これによって当該更正における計算上の源泉所得税額も増加したために、結果として納付所得金額が申告税額より減少した場合の当該更正の取消しを求める訴えの利益の有無は」「当該更正の公定力が算出所得税額及び計算上の源泉所得税額についても生じているのか、それとも納付所得税額についてのみ生じているのかによって決せられる」ところ(一審判決五七乃至五八頁)、「更正によって当該更正に係る計算上の源泉所得税額が増加したとしても、これのみでは受給者は何ら不利な法的効果を受忍すべき地位には立たないものということができる」から、「右のような更正の公定力は、納付所得税額についてのみ生じ、源泉所得税額については生じていないものと解すべきである」として(一審判決五九乃至六〇頁)、その訴えの利益を否定する。
その理由として、源泉徴収による所得税について徴収・納付の義務を負う者は源泉徴収の対象となるべき所得の支払者であり、その納税義務は、当該所得の受給者に係る申告所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと併存することを掲げる。
2 しかし、そもそも源泉徴収による納税は、所得税の納税手続を簡略化して徴税費を節約し、徴税の時期を早めるために考案されたものであり、所得徴税の便宜のための制度に過ぎない。そして、右制度は、具体的な給与等の支払がなされる場合において、当該給与等が法律上源泉徴収の対象とならないか、また徴収・納付すべき税額がいくらであるということが給与等の支払に伴い法令の規定により客観的に明らかであって争う余地の生じないことが前提となるものである。
然るに、本件のように、納付すべき税額に争いが生じる場合においては、納付税額が「特別の手続を要しないで確定する」という現行源泉徴収制度の建前にそもそも乗ることができないものである。かかる場合には、源泉徴収制度の前提が失われ、本来の所得税納付の確定手続たる確定申告、更正・決定、更には通常の争訟手続により清算調整する外ないものである。
3 このように、原判決は、源泉徴収税の納税義務と申告所得税納税義務の別個性を理由とするが、本件のように納付すべき税額に争いが生じていることにより、そもそも源泉徴収制度の前提が失われた場合においては、本来的な訴訟等による解決によるべきものである。
そして、本件は、更正処分により納付すべき税額が増加されたものであるが、控除すべき源泉徴収額が増加した結果、申告納税額が減少したとしても、納税者にとって明らかに不利益処分である(東京高裁昭和四九年四月二四日訟務月報二一巻五号一一二三頁)。
従って、本件において、上告人昭孝に訴えの利益が存するものである。
二1 また、原判決が引用する一審判決は、本件減額更正について、「算出所得額及び計算上の源泉所得税額をそれぞれ増加させるものの、納付所得税額を減少させるものであること」を理由に原告昭孝には本件各減額更正を取り消すことに回復すべき権利又は法律上の利益が認められないとして(一審判決六〇乃至六一頁)、上告人昭孝には、訴えの利益が認められないとする。
2 しかし、減額更正には、申告または公正に係る課税標準等の一部を単純に取り消す場合と、それに止まらず、<1>申告等の課税標準等の一部又は全部の取消と新たに課要件事実を認定することにより、別途課税標準等の加算とが複合して行われたり、あるいは、<2>課税標準又は算出税額が増加するか、源泉所得税額等が増加することにより、結果的に、申告納税額が減少する場合がある。
右<1><2>の各場合には、課税標準のうち、新たに認定された課税要件事実に対応する部分に関する限りは、納税者に不利益な処分であるから、その取消を求める訴えの利益は存すると解すべきである(弘文堂・金子宏「租税法(第六版)」六六〇頁)。
この点に関しては、東京高裁昭和五九年七月一九日判決行集三五巻七号九四八頁が、税務署長が納税者の相続税の更正の請求の理由となった事実を肯認した上、独自の調査により申告もれの相続財産の加算等をして増額更正を行った場合に、右増額更正のうち、右更正の請求に係る課税価格及び納付税額を超える部分については、申告額の範囲内であっても、納税者はその取消を求める訴えの利益を有すると判示しており、「申告額の範囲内」であっても、訴えの利益を肯定する点、右見解の論理を承認するものといえる。
3 そして、本件各減額更正は、いずれも本件日拓各社役員報酬が上告人昭孝に帰属するとしたため、所得金額及び算出所得税額を申告税額より増加させたものの、所得金額の増加分と認定された部分に係る源泉所得税額も増加した結果、納付所得税額が減少したものであり(一審判決二五頁)、前記<2>の場合に該当するものである。
従って、新たに認定された課税要件事実に対応する部分に関する限りは、納税者に不利益な処分であるから、訴えの利益が存する。本件では、「本件日拓各社役員報酬が上告人昭孝に帰属する」との点が「新たに認定された課税要件事実に対応する部分」に該当するものであり、この点について、訴えの利益が存するものである。
三 以上のように、本件では、上告人昭孝に訴えの利益が存するものである。そして、上告人昭孝に訴えの利益が肯定されれば、その判断内容は、一審判決の昭和六三年度の所得税に係る更正に関する判断と内容を同一にするものであるから、判決に影響を及ぼすことは明らかである。
四 特に、本件では、上告人昭孝の昭和六三年の所得税に関する更正については、訴えの利益が更正されたことにより、当該更正処分が取消され、一審被告の控訴がなかったことにより、これが確定した。
然るに、昭和六二年及び平成元年の所得税更正処分について訴えの利益を否定するものであれば、同一の内容の更正処分でありながら、「所得金額」「申告納税額」に関する更正処分の当否について、判断を異にするという極めて不合理な結果を招来する。
昭和六三年の所得税更正処分と、昭和六二年及び平成元年の所得税更正処分が、同一理由に基づく処分でありながら、その当否に関する判断が異なるという極めて不合理な結果は、絶対に看過してはならないものである。
従って、原判決は、上告人昭孝の訴えの利益を否定した点、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存するものである。
第三 本件更正の理由不備について
一 原判決は、本件法人税更正処分について、「帳簿否認ではなく、評価否認である」との判示をした上(原判決五八頁)、「評価否認として、その根拠資料の摘示に欠けるところはない」とし(原判決六一頁)、理由附記の程度に関する違法は存しないとの判断をする。
このように、原判決は、理由附記の程度の関し、本件更正処分が評価否認であるから、反対資料の摘示等が存しなくとも、理由附記の程度に欠くことはないとする極めて安易な構成を採用するものである。
しかし、本件については、評価否認ではなく、帳簿否認であることは明らかであり、原判決の右判示は、前提に誤りが存するものである。そして、本件法人税更正処分は、帳簿否認として、理由附記の程度に瑕疵が存することは明らかなものである。
以下、詳論する。
二 本件更正処分の内容に関する原判決の判断(理由不備、理由齟齬について)
1 原判決は、右のとおり、本件更正処分について、帳簿否認ではなく、評価否認であるとする。その理由については、「前記引用に係る原判決の判示するとおり」として、明確に述べてはいない。
そして、原判決は、「前記引用に係る原判決の判示するとおり」として、一審判決が本件更正処分を評価否認と論じるかの判示をする。
しかし、そもそも一審判決は、本件更正処分について、評価否認であるとの判示はしていないものであり、この点だけをとっても、原判決の判断は、理由不備、理由齟齬が存するものである。
以下、理由を述べる。
2 一審判決は、本件更正処分の内容及び理由附記の程度に関しては、以下の判示をする。
まず、1本件更正理由の適否、(一)において、法人税法一三〇条二項の理由附記の制度趣旨について論じた上で、「帳簿否認の場合においては、附記理由において、そのような更正をした根拠を具体的に明示し、かつ、右認定に至る過程で収集された、帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することを要する」(原判決六四頁)との、理由附記の程度に関する具体的判断基準を示す。
次に、(2)において、本件更正理由の内容について、「本件更正理由は、本件原告会社役員報酬が法律的にみて原告昭孝に帰属しているとするものではなく」「法律形成に関わらず経済的な利益の享受という点では原告昭孝が本件原告会社役員報酬による利益を享受しているものである。」と判示し、「右理由の記載は、合理的判断過程を示しているものということができる。」と判示する。そこでは、「利益又は収益の法律的帰属ではなく、具体的事実関係における経済的実質的観点を重視する」立場から論じられているものである。
そして、(三)において、更正理由を具体的に検討し、違法とは言えないとの判断をする。
更に、一審判決は、(四)において、法律的帰属説にたった場合の理由附記の程度にも付言し、演繹を加える(一審判決六三乃至六六頁)。
このように、一審判決は、本件更正理由の内容について、評価否認であるから、反対資料の摘示等は不要との、原判決が下すような安易な判示は行っていない。一審判決は、更正理由の内容、理由附記の程度について、事案に即した具体的な検討の下、理由附記の違法は存しないとの判示をするものである。
以下のとおり、一審判決は、何ら本件を評価否認として判示していないものである。
それにもかかわらず、原判決は、「前記引用に係る原判決の判示するとおり」として本件を評価否認と判示するものである。
3 この点、更に加えると、一審判決は、「帳簿否認」の意義については、「青色申告における帳簿の記載を否認して更正をする」こと、「評価否認」の意義については、「帳簿記載事実又は帳簿記載において前提とする事実に基づいて、単にその評価否認のみを否定する場合」と定義する(一審判決六四頁)。
一方で、一審判決は、本件の更正理由に関し、「本件更正理由は、帳簿書類に記載された事実を否定するものではないものの、これと異なる複数の事実に基づいて、帳簿書類に記載された事実とは異なる「実質的」な利益帰属を認定しているものであるから、理由制度の趣旨に照らせば、本件更正理由に記載された間接事実に関する事実的基礎については、その根拠資料を摘示すべきである。」と判示する。
ここから明らかなように、一審判決は、本件の更正の理由について、
「帳簿書類に記載された事実を否定するものではないものの、これと異なる複数の事実に基づいて、帳簿書類に記載された事実とは異なる「実質的」な利益帰属を認定」するものであるとして、帳簿記載事実又は帳簿記載の前提事実以外の事実に基づく点、帳簿記載事実又は帳簿記載において前提とする事実に基づいて、単にその評価否認のみを否認する」評価否認とは異なることを明示しているものである。
それゆえ、理由附記の程度についても、「更正理由に記載された間接事実に関する事実的基礎については、その根拠資料を摘示すべきである」として、その程度を具体的に示すものである。
以上のように、一審判決は、本件更正理由について、「評価否認」であるとの判断は何ら行っていないものである。
然るに、原判決は、「前記引用に係る原判決(一審判決)の判示するとおり」として、本件更正処分を評価否認と判示するものであり、その点において、原判決には、明らかな理由不備、また、理由齟齬が存するものである。
4 なお、付言すれば、一審判決は、本件更正理由の適否に関する(六)において、「本件更正理由の記載は、法人税法一三〇条二項の要求する更正理由の附記として適切とは解し難いが、なお適法なものというべきである。」と判示し(一審判決七八乃至七九頁)、更正理由の適否に関する判断に深い悩みが存したことを示すものである。かかる一審判決が、原判決のように、本件は評価否認であるから、反対資料の摘示等が存しなくても理由不備の違法は存しないとの安易な判断をするものではないことは、明らかなものである。
三 本件更正処分の内容―評価否認であるか
1 原判決が本件更正処分の内容について、評価否認と判示する点、理由不備・理由齟齬が存することは右のとおりである。
加えて、右評価否認との判断については、そもそも判断に誤りが存するものである。
本件は、帳簿否認である。
2 前提として、帳簿否認か、否かの判断基準であるが、原判決は、この点について、何ら判断基準を示していない。
そして、右判断基準であるが、帳簿否認の意義については、一審判決判示のとおりであり、「青色申告における帳簿の記載を否認」することである。従って、否認された事項が、青色申告の帳簿書類の記載事項か否かにより判断されるべきものである。
そして、青色申告の帳簿書類の記載事項については、法人税法施行規則五四条が「青色申告法人は、すべての取引を借方及び貸方に仕分する帳簿、すべての取引を勘定科目の種類別に分類して整理計算する帳簿、その他必要な帳簿を備え、別表二〇に定めるところにより、取引に関する事項を記載しなければならない」と規定しており、同条別表二〇に記載事項を明定する。
そして、法人税法施行規則五四条、別表二〇、(一四)には、「法人の帳簿の記載事項」として、「給料手当」については、その「支払先」を記載することが要求されているものである。
そこで、本件のように役員報酬の支払先は、「給料手当」の「支払先」に該当するものであり、まさに青色申告法人の帳簿記載事項である。
従って、本件更正処分については、「役員報酬 取締役 西村拓郎 二四〇万円」の帳簿記載を否認するものである。
このように、本件更正処分は、帳簿否認である。
従って、原判決は、本件を評価否認と判示するが、この点、明らかに誤りが存するものである。
そして、本件が帳簿否認である以上、後述のように、反対資料の摘示が存しない本件では、右違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
2 理由附記の程度
青色申告に係る法人税について更正を行なう場合には、更正通知書に更正の理由を附記しなければならない(法人税法一三〇条二項)が、それは、法が青色申告制度を採用して、青色申告に係る所得の計算については、それが法定の帳簿組織による正当な記載に基づくものである以上、その帳簿の記載を無視して更正されることがないことを納税者に保障した趣旨にかんがみ、更正処分庁の判断の慎重性、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立の便宜を与える趣旨に出たものである。
従って、右の理由附記においては、更正処分庁の判断過程を具体的に明示するとともに、その判断が課税行政庁の把握した事実に基づく場合には、その事実認定が単なる推測、憶測に基づくものではなく、相応の根拠を有するものであることを示し得る程度に、右認定を裏付ける資料を摘示すべきものである。そうすると、青色申告における帳簿書類の記載を否認して更正をする帳簿否認の場合においては、附記理由において、そのような更正をした根拠を、帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示することにより、具体的に明示することを要するものというべきであり、これは、確立した判例理論である(最判昭和六〇年四月二三日・民集三九巻二号八五〇頁等、最判昭和三八年五月三一日・民集一七巻四号六一七頁以来の判例の理論である。)。
然るに、本件更正処分は、帳簿否認でありながら、反対資料を摘示していない。また、拓郎らに対する役員報酬が、上告人昭孝の「報酬」と認められることの判断過程に関し、報酬帰属の根拠等の記載がなされておらず、判断過程の具体的説明も存しない。
従って、本件更正理由については、更正処分庁の恣意の抑制及び相手方の不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨に照らし、法の要求する程度を満たさず、不十分なものといわざるをえないものである。
従って、本件では、明らかに理由不備の違法が存するものである。
四 前判決との整合性に関する理由齟齬
1 更に、原判決は、更正の理由附記の程度に関し、別件事件(東京地裁平成五年三月二六日行集四四巻三号二七四頁)との整合性について、別件事件が「拓郎らに対する報酬それ自体を否認」するものであるのに対し、本件は、「拓郎らに対する報酬の支払自体を否認するものではなく、控訴会社が拓郎らに対して支払った本件報酬を控訴会社の損金として算入することを否認する趣旨」として、その差異を論じる。
しかし、原判決のこの点の判断には、明らかに理由齟齬が存する。
2 即ち、原判決は、別件事件について、「拓郎らに対する報酬それ自体を否認」というが、これは、明らかに誤りがある。別件事件の附記理由は、「拓郎らに対する報酬は実質的に西村昭孝に対する報酬と認められますので、同人の役員報酬に加算した結果」と記載されているように、その内容は拓郎らに対する報酬自体の否認ではなく、拓郎らに対する報酬は実質的に西村昭孝に対する報酬と認めた上で、上告人会社の損金として算入することを否認したものである。この点で、別件事件の更正理由は、本件と何ら異なるものではない。
それにもかかわらず、原判決が別件事件との関係について、意義判示をした点、原判決には、理由齟齬が存するものである。
第三 本件更正理由の差替えについて(原判決六四頁以下)
一 原判決は、本件における被上告人の理由差替えによる法人税法一三二条の適用を肯認する。
しかし、この点について、<1>理由差替えを認めた点、<2>課税要件事実の異なる事案での理由差替えを認めた点、及び<3>理由差替えによる法人税法一三二条の適用を肯定した各点に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背が存する。
特に、右<3>の理由差替えによる法人税法一三二条の適用を肯定した点については、更正の法定手続を無視したものであり、絶対に看過しえない点である。
以下、詳論する。
二 理由差替えの可否(原判決六四頁以下)
1 原判決は、訴訟における理由差替えの可否について、これを肯定する(原判決六四乃至六五頁)。しかし、ここでも何らの理由を付しておらず、また、一応の理由を付する一審判決(一審判決七九乃至八一頁)を引用するものではない。従って、原判決には、この点に理由不備が存するものである。
2 そして、そもそも訴訟における理由の差替えは、本件許されるべきではない。
なぜなら、<1>理由の差替えが認められるとすれば、附記理由としては事実の裏付けのないものでも、記載すればそれで更正処分としては瑕疵のないものとなり、後の訴訟の段階までに調査を尽くして理由を差し替えれば良いこととなって、結局、理由附記の瑕疵は治癒しないとした最高裁判例の趣旨に反するものとなる(最判昭和四七年一二月五日民集二六巻一〇号一七九五頁等、甲第一一号証参照)。<2>理由附記の趣旨が被処分者に不服申立ての便宜を与えることであり、被処分者としては附記理由を手掛かりに提訴の要否等検討し、準備するものであるのに、訴訟の場で課税庁が先に開示した理由とは異なる理由を持ち出せるというのでは、安んじて、不服申立、提訴ができず、右理由附記制度の趣旨を没却するからである。
従って、原判決は、理由差替えを肯定した点に法令違背が存する。
3 そして、本件において、更正処分では拓郎らに対する役員報酬について、上告人昭孝の報酬であると認め、そのため、同上告人に対する報酬限度額を超えるとしたものである(原判決六五頁参照)。
しかし、このうち拓郎らに対する役員報酬について、上告人昭孝の報酬とした点については、一審判決が「本件日拓各社役員報酬が原告昭孝に帰属すると認めることはできないから、右金額を原告昭孝の総所得金額に加算してされた六三年所得税更正は、その限度で違法である」として、明確に否定するものである。従って、本件では、当該理由差替えが認められなければ、本件法人税更正処分について、取消がなされたことは明らかであるから、理由差替えを肯定した点に関する法令違背は、判決に影響を及ぼすことが明らかなものである。
二 課税要件の異同(原判決六四頁以下)
仮に、一般論として、理由差替えが認められるとしても、課税要件事実の同一性が存しない場合には、理由差替えが許されないことは言うまでもない。
そして、本件理由差替えは、明らかに課税要件事実の同一性の範囲を超えるものである。
即ち、附記理由における課税要件事実の基本的部分は、上告人会社より上告人昭孝に対し当該金額分(拓郎らに対して支払われた報酬額分)の役員報酬が支払われたこと、上告人昭孝の報酬額について形式基準の適用により過大な役員報酬額と算定されることである。
これに対し、訴訟の被上告人らの主張によれば、課税要件事実の基本的な部分は、拓郎ら三名が米国の高校又は大学及び日本の中学に就学中の未成年者であり、取締役等として経営に参画していないことである(被上告人らの第一審平成八年五月一五日付け準備書面一五頁)。
このように、両者の課税要件事実は、明らかに、全く異なるものである。
この点、一審判決は、明確な理由なく同一である旨述べていたが、原判決も、「主要な事実が共通する」と述べるのみで、「共通」することの具体的説明は存しない。
しかし、本件では、附記理由記載の処分内容の要件事実が、当該報酬の昭孝に対する帰属とその支払限度額を超えることであるのに対し、訴訟では、拓郎らに対する報酬の支払否認ということであり、明らかに課税要件事実は異なるものである。
従って、課税要件事実が異なるにもかかわらず、理由差替えを肯定する点、法令違背が存するものである。そして、仮に理由差替えが否定されれば判決の内容はかわるものであるから、右法令違背は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
三 防御権の保障(原判決六七頁以下)
そして、右のように本件理由差替えが、課税要件の同一性を異にするものである以上、更正処分の被処分者の防御権を害するものである。
然るに、原判決は、「理由の差替えの前後において、専ら問題となるのは、要するに、拓郎らに対して本件報酬を支払ったことに実質が伴っているか否かであって」との判示をする。
しかし、この「要するに」以下の展開は、何ら論理性を欠く極めておおざっぱな議論であり、原判決の全体を端的に表現する理論構成である。
原判決自体、本件更正理由について、「本件報酬の振込先である拓郎らの預金口座は控訴人昭孝が支配管理していること、法人税法上の役員報酬の支給限度額を超えていることに着目し、法人税法三四条一項を根拠として、損金に算入することを否認している」と論じているように(原判決六六頁)、更正処分において、最も問題となるのは、本件役員報酬が上告人昭孝に帰属しているか否かなのである。拓郎らに対して本件報酬を支払ったことに実質が伴っているかではない。
更正処分については、そもそも本件報酬が上告人昭孝に帰属するものでなければ、その理由を充たさないことになる。
この点でも、原判決には、理由不備、理由齟齬の違法が存するものである。
四 差替えにより行為計算否認規定(法人税法一三二条一項)を適用することの可否
1 加えて、本件は、拓郎ら役員に対して支給した役員報酬が代表取締役である上告人昭孝に帰属するものとして、右上告人の報酬が過大であるとして法人税法三四条の規定を適用して行った更正処分に対し、訴訟の段階で、理由差替えにより、法人税法一三二条の適用を主張するものである。
しかし、仮に一般論としての理由差替えが認められたとしても、理由差替えにより、更正に関する特別手続を定める法人税法一三二条の規定を適用することは、絶対に認められるものではない。
この点は、原判決が論じる理由差替えの中でも、特に看過しえないものである。
2 そもそも法人税法一三二条の規定は、同族会社等の行為又は計算で、これを容認した場合には、法人税の負担を不当に減少させる結果になると認められるものがあるときに、税務署長の認めるところにより、更正又は決定ができるとするものであって、あくまでも、更正又は決定の手続上の特例として認められているものである。
即ち、法人税法一三二条の適用は、更正又は決定の段階で行われるものであって、取消訴訟の理由の差替えとは、法的性格を異にするものである。
このように、法人税法一三二条の規定は、条文上も明らかなように、「税務署長」が「更正又は決定」の場面において適用することができる規定である。同条文は、あくまで、更正又は決定の手続上の特例として認められるものであり、訴訟手続内等、更正又は決定以外の段階で右条文の適用を主張することは、更正等の法的手続を一切無視して更正等を行うことと同視しうるものであるから、その適用は認められない。
3 然るに、原判決は、法人税法一三二条の「同族会社等の行為又は計算の否認」と法人税法三四条一項の「過大な役員報酬の損金不算入」とをあたかも同列の実体法規定であるかのごとき前提に立ち、理由の差替えが許される要件の充足性を判断している(原判決は、六五頁以下において、課税要件の異同について論じるが、そこでは、更正理由について法人税法三四条一項の適用、本訴訟における主張について、法人税法一三二条一項を根拠とするというが、安易に「その主要な事実は共通するのであって、このような理由の差替えは、本件法人税処分の取消しを求めている控訴会社に対し、その防御の機会を奪うような場合であれば格別、そうでない限り、許されるというべきである。」と判示し、何の疑問も持たずに、法人税法一三二条と法人税法三四条一項を同列の実体法規定と考えているものである。)。
しかし、このような理由差替えは、従来の裁判例では全く認められていなかったものであり、原判決の右手法は、更正の手続に関する重大な誤りが存するものである。
4 即ち、理由差替えが許される場合の「理由」とは、「実体法上の理由」相互間に妥当するものであり、実体法上の理由の差替え後の規定を手続規定に求めることはできないものである。
法人税法一三二条「同族会社等の行為又は計算の否認」と法人税法三四条一項の「過大な役員報酬の損金不算入」とは、いずれも法人税法第二編「内国法人の納税義務」に規定されているが、法人税法三四条一項の「過大な役員報酬の損金不算入」の規定は、
第二編「内国法人の納税義務」
第一章「各事業年度の所得に対する法人税」
第一節「課税標準及びその計算」
第四款「損金の額の計算」
第三目「役員の報酬、賞与及び退職金等」
に位置づけられる実体法上の規定である。
これに対し、法人税法一三二条「同族会社等の行為又は計算の否認」の規定は、
第二編「内国法人の納税義務」
第五章「更正及び決定」
に位置づけられる手続規定である。
法人税法一三二条が適用の対象としている場面は、その文言通り、「税務署長」が「更正又は決定をする場合」である。即ち、同条は、更正又は決定の手続の特例として認められているものであり、更正又は決定は、所轄の「税務署長」が行うものである(国税通則法三〇条一項)。
かかる法人税法一三二条の規定は、原判決のように、取消訴訟において差替えを許す理由足りうるものではない。
5 一方、更正処分の段階で法人税法一三二条の規定を適用したものの、当該処分の取消訴訟で別の更正理由を主張することを肯認する判例も存する(徳島地裁平成五年七月一六日、訟務月報四〇巻六号一二六八頁、高松高裁平成八年二月二六日、税務訴訟資料二一五号六七二頁)。
しかし、これらの判例は、更正についての手続的要件を履践して事案について、理由の差替えを認めるものである。その逆の形での法人税法一三二条の適用は、更正の法定手続を無視したもので、許されないものである。
即ち、法人税法一三二条の適用は、あくまで更正又は決定の手続の特例として認められているものであり、条文上も明らかなように、「税務署長」が「更正又は決定」の場面において適用することができる規定である。訴訟手続内等、更正又は決定以外の段階で右条文の適用を主張することは、更正等の法的手続を一切無視して更正等を行うことと同視しうるものであるから、その適用は認められない。
6 このことは、従前の判例が更正手続に厳格性を要求してきたことにも反するものである。
即ち、そもそも、更正処分に瑕疵が認められる場合には、税務署長は、適正に課税の確保実現を図るため、これを取消して新たな更正をすべきものである(名古屋地裁昭和五一年一月二六日判決税務訴訟資料八七号九八頁、広島地裁昭和五四年一二月二〇日判決税務訴訟月報一〇九号七四二頁、広島高裁昭和五七年六月一〇日判決税務訴訟資料一二三号五九二頁)。
そして、その更正は、厳格性を要求されるから、単なる訂正通知だけでなく(最判昭和三五年二月二五日税務訴訟資料三三号二三〇頁)、更正通知書により納税者に対して通知を要する(函館地裁昭和二九年八月三一日判決行集五巻八号一八三七頁、札幌高裁昭和三〇年一二月二九日判決行集六巻一二号二八六〇頁、大阪地裁昭和三三年三月二九日判決行集九巻三号四五七頁)はずであり、調査を欠く更正が違法となる(大阪地裁昭和四九年一月三一日判決訟務月報二〇巻七号一〇八頁)など、手続の厳格性が要求される(国税通則法二六条)。
然るに、本件のように、更正の理由差替えとして法人税法一三二条の規定を援用することは、更正に係る厳格性が要求されている手続保障を無視するものであり、到底認められないものである(品川芳宣「判例評釈・就学中の役員に対する報酬の支給と帰属者の認定」TKC税研情報第七巻第二号八乃至九頁。なお、右論文の著者は、本件上告人らの主張とは異なり、訴訟における理由差替えについて、比較的緩やかにこれを肯定する立場を取るが(同著書「青色申告に係る更正の理由差替えの可否」税経通信三七巻二号三一七頁)、その著者が、あえて本件のような法人税法一三二条の規定を援用する理由差替えを否定することは、傾聴に値するものである。)。
7 然るに、原判決は、理由差替えの中で更正手続の特例を定める法人税法一三二条の援用を肯認した。
これは、以上に述べてきたとおり、法人税法一三二条の適用に関する明らかな法令違背が存するものである。
そして、この点については、理由差替えがなされなければ、本件の判断は異なるものになったのであるから、判決に影響を及ぼすことが明らかなものである。
第五 過大な役員報酬に関し、法人税法一三二条を適用することの可否
原判決は、法人税法一三二条の同族会社の行為計算否認の規定の適用により、拓郎ら取締役全員に対し、その全額について、損金算入を否認する。
しかし、そもそも法人税法一三二条の規定は、法人が租税回避の目的でことさら不自然、不合理な行為計算をすることにより、不当に法人税の負担を免れる場合に対してのみ適用されるものである。そして、法人の経済行為が私的自治の原則及び契約自由の原則を前提としている限りにおいて、ごく限られた法人の行為計算に対して適用されるものである。
そして、租税法律主義における課税要件明確主義の観点からも、法人税法三四条の「過大な役員報酬の損金不算入」の個別規定が存するにもかかわらず、法人税法一三二条を適用することは、個別規定でも対応できない特別な事由が存しない限り許されるべきではない。
従って、原判決は、この点でも法令違背が存するものである。そして、原判決が法人税法一三二条の適用により判断を導くものである以上、右法令違背は判決に影響を及ぼすことが明らかなものである。
第六 本件否認規定の該当性について(原判決六八頁以下)
一 原判決は、法人税法一三二条を適用した上、「本件法人税処分の取消しを求める控訴会社の請求を棄却した原判決は相当」であると判示する(原判決七二頁)。
しかし、この点に関する原判決には、<1>法人税法一三二条の適用により、拓郎らに対して支払われた役員報酬の損金性を否認した点について、法人税法一三二条に関する法令違背が存するとともに、<2>拓郎ら各人に支払われた報酬額ついて、各人毎の報酬額の決定無しに損金性を否定する点、理由不備が存するものである。
以下、詳論する。
二 拓郎らの取締役としての職務の遂行
1 この点、原判決は、「拓郎らが就学中であったこと、その学年次、就学の場所に鑑みれば、原判決の判示するとおり、拓郎らが非常勤役員であったとしても、控訴会社の取締役等の職務を全うするのは困難な状況にあったと推認されるところ、拓郎らが、控訴会社の経営について、また、懸案事項について、具体的にどのような意見を持ち、対処していたかを明らかにする証拠はなく、右推認を覆し、拓郎らが控訴会社の職務を実際に全うしていたなどと認めることはできない」と判示する(原判決六九乃至七〇頁)。
しかし、原審の右判断は、取締役の職務の意義を労務の提供を内容とする従業員等と同様に考えるものであり、これを誤解したものである。
そもそも、「取締役の職務」の遂行とは、単に年齢、就学状況のみから判断されるべきものではなく、経営参画の程度や当該取締役の責任と権限、また、債務保証の事実等総合的に判断されるべきものである。
各人の職務に関しても、「拓郎ら」と一括して判断するのではなく、各人別にその能力及び資質を見極め事実を判断するものである。各人別に職務内容等を総合的に判断した上で、各人の役員報酬の適正額を算出し不相当に高額であるかを判断すべきものである。
然るに、原判決は、この点について、各人別の報酬額を何ら判断していないものであり、理由不備の違法が存するものである。
2 加えて、そもそも原判決は、特に過半数の株式を有するものが存する同族会社における取締役選任の意義の理解を著るしく欠くものである。
即ち、拓郎らは、上告人会社の親会社の過半数を超える株式を所有する株主として、子会社の経営権を左右できる権利と意思を有しており、この立場において、取締役としての会社経営に関する適切な判断能力を有する者として、自らを株主総会において取締役(非常勤)として選任したものである。
株式会社の取締役は、株主総会において選任されるものである。そこでは、株主が取締役としての判断能力を有するものについて、取締役に選任するものであり、かかる株主の意思に基づき選任された者が、法律上の取締役なのである。
そして、株主が拓郎らを取締役に選任し、拓郎らが親権者の同意に基づき同人が右選任を承諾すれば、取締役に就任すると言うのが法の規定する仕組みであり、この仕組みに基づき拓郎らを取締役に選任するか否か、また拓郎らが右選任に基づき取締役に就任するか否かはまさに株主及び拓郎らの自由であって、被上告人らを含めた第三者が介入する問題ではない。
そして、取締役に選任されかつこれを承諾したならば、法制度として当然に法的責任(商法二六六条の三等)及びその責任の対価を含めた報酬請求権が発生し、これが否定されることはありえないはずのものである。
更に、上告人会社においては、その親会社の大株主である拓郎らが、自らを判断能力を有するものとして、上告人会社の取締役に選任しているものである。過半数を超える大株主(親会社の大株主)のいる会社なのであるから、取締役の選任に関し、その大株主の意思が反映されること、これは当然のことである。
かかる過半数を超える大株主が、自らの判断能力に基づいて取締役に選任したこと、そのことが否定される理由は絶対に存しないものである。本件において、拓郎らは、過半数を超える大株主として自ら判断力を持って同人らを取締役に選任したのである。
かかる取締役に対する報酬の支払が否認される理由は存しないものである。
3 更に、原判決は、「拓郎らが、控訴会社の経営について、また、懸案事項について、具体的にどのような意見を持ち、対処していたかを明らかにする証拠はなく」というが(原判決七〇頁)、上告人は、この点を第三者により明らかにすべく、上告人昭孝の証人申請を行った。
しかし、原審は、これを採用しなかったものであり、その一方で、右判示をすることは、原判決には、審理不尽の違法が存するものである。
二 不当な結果の有無
1 本件においては、法人税を不当に減少するものではない。
上告人らが原審平成九年七月二二日付け準備書面第二、三3で主張したとおり、上告人会社の昭和六二年一二月期における更正後の税額は、九億七一〇七万四七〇〇円である。そのうち、当該役員報酬に対する増加した税額は三〇二万四〇〇〇円であり、その割合は、〇・三一パーセントを占めるに過ぎない。
また、上告人会社の昭和六三年一二月期における更正後の税額は、四億六〇八二万二三〇〇円である。そのうち、当該役員報酬に対する増加した税額は二七一万八七二〇円であり、その割合は、〇・五九パーセントを占めるに過ぎない。
従って、当該役員報酬の否認により増加した法人税は一パーセントにも満たないものである。
よって、法人税法一三二条の「法人税の負担を不当に減少する結果となるものと認められる」場合には、該当しないものである。
2 これに対し、原判決は、「課税回避の措置が不当であれば、実際に増額する法人税額が僅少であっても、税負担の公平を図る見地からみても、法人税の負担を不当に減少する結果となったといわざるを得ない」とする(原判決七一頁)。
右判示のうち、上告人らとしても、実際に増額する法人税額が僅少か否かのみにより、「不当な減少」か否かを判断するものではないことは、これを肯認する。
しかし、そもそも「法人税の負担を不当に減少する結果となるものと認められる」かは、「もっぱら経済的、実質的見地において当該行為計算が純経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるか否かを基準として判定すべきであり」(東京地裁昭和四〇年一二月一五日判決税務訴訟資料一一八八頁)、「その判断の基準は、当該行為又は計算が、経済的観察において実情に合目的に適したものかどうか、経済的事情からみて正常か異常か、合理的でないか否か」(大阪地裁昭和三一年一二月二四日判決税務訴訟資料二三号九二五頁)により判断すべきものである。
即ち、法人税軽減の動機をもっぱら経済的、実質的に観察して決すべきものである。
そうしたところ、本件のように、当該役員報酬の否認により増加した法人税は一パーセントにも満たないものである場合、経済的、実質的に観察して、純経済人の行為として不合理、不自然なものとはいえないものである。
実際に増額する法人税額が僅少であるから「不当な減少」と言えないのではなく、実際に増額する法人税額が極めて僅少であることから、経済的、実質的に判断して「不当な減少」とは認められないというものである。
このように本件は、「法人税の負担を不当に減少する結果となるものと認められる」場合には、該当しないものである。
従って、法人税法一三二条の適用に誤りが存するものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背が存するものである。
第六 具体的適正報酬額に関する審理不尽
最後に、前述のとおり、本件において、法人税法一三二条の規定を適用するのであれば、拓郎らに支払われるべき適正な報酬額の認定が不可欠である。
然るに、原判決は、その点について、何らの判断を行っていないものである。仮に、拓郎らの報酬額が〇と認定するのであるとしても、その審理をすべき必要がある。
原判決が「拓郎らが就学中であったこと、その学年次、就学の場所」(原判決七〇頁)等から、当然に拓郎らの報酬額を〇と認定しうる判示したものであれば、右判断は、明らかに誤りがある。年齢、就学状況のみから、当然に適正報酬額が〇との判断は為し得ないものである。
この点、所得税法施行令一六五条二項一号は、青色事業専従者について、専ら事業に従事するかどうかの判定に関し、「事業に専ら従事する期間に含まれないものとする」ものとして、「学校教育法第一条、第八二条の二又は第八三条の学校の学生又は生徒である者」と規定するが、同号括弧書で、「夜間において授業を受ける者で昼間を主とする当該事業に従事するもの、昼間において授業を受ける者で夜間を主とする当該事業に従事するもの、同法第八二条の二又は第八三条の学校の生徒で常時就学しないものその他当該事業に専ら従事することが妨げられないと認められる者を除く。」と規定する。よって、当該事業に専ら従事するか否かの認定が必要なものである。
この理は、取締役の役員報酬についても、あてはまるものであり、年齢、就学状況のみから、当然に適正報酬額が〇との判断は為し得ないものである。
然るに、原判決には、拓郎らの適正報酬額について、何ら判断していないものである。よって、明らかに審理不尽の違法が存するものである。
仮に、原判決が、拓郎らの報酬額について、黙示的に〇であると判示していたとしても、理由を付していないものであり、理由不備の違法が存するものである。
以上